私は3歳の時に風邪から髄膜炎にかかり、緊急入院の末、命の保証はないと告げられ、奇跡的に後遺症もなく回復しました。その時の治療の恐怖感と母親の愛情リンゴジュースは今でもおぼろげに覚えてます。
それから両親は治してくださった先生への感謝の話をよくしてくれていて、いつの間にか私も多くの病気で苦しんでいる子供たちを病から救いたいと小児科医の道を目指すことになりました。学生時代は勉強とクラブ傍ら、大学病院での長期入院の子供たちの勉強を教えるボランティア活動もしておりました。
結果、主治医のいる医学部に入学した時には退官直前の主治医(小児科教授)に直接会いに行きました。感動の対面でした!先生はとても喜んでくださり今後の私の活躍を応援してくださりました。
その後、念願の小児科医になり昼夜いとわずに、がむしゃらに働きました。
しかし結婚し母になってからは一線から退き、非常勤で勤務しながらの毎日でした。それでも子育てでしか知りえない様々な貴重な経験をし、それが今でも診療の強みになってます。。
まずは長女の低血糖事件。これ救急に受診したのに見過ごされるところで私が点滴指示しなかったら長女は脳に障害を受けていたことでしょう。
そして長男の早期破水羊水混濁事件。長男がおなかにいる8か月の時に阪神淡路大震災に神戸の自宅で経験し、余震の続く中半日かけて大阪の実家へと避難し、疲れから風邪をこじらせたのがきっかけで早期破水、しかも羊水混濁状態、そして入院中に地下鉄サリン事件、もう、頭の中は混乱で長男の無事を祈るばかりでした。
最後に次男は壮絶なアトピー性皮膚炎を経験しました。出産後は何もなかったのに1歳頃から全身に浸出液をともなうひどいアトピー性皮膚炎になり、小児科に受診しての全身ステロイド塗布指示にとても違和感を感じまし。そこで温泉を自宅に運んで毎日数回温泉に入る温泉療法をしました。溢れる浸出液で何回もタオルを変えるので洗濯の数も半端でなく、約2年かかりましたが(かなり根気のいる治療で毎日が地獄のようでしたが)温泉と食事で治した経験から自然治癒力のすごさに感銘を受けました。
まだまだ語りつくせない大変なことがたくさんありましたが、それを乗り越えていくたびに自分の力になることを感じていきました。
このような経験から対症療法中心の西洋医学だけでなく東洋医学で体のバランスを高め自己治癒力を高めるべく勉強し治療に組み入れることにしました。
また、それだけでは満足な治療が得られないために主人と様々なセミナーへ休日返上で自腹をきって学びにいき、現在は食事やサプリメント、環境整備などを含めたバイオメディカル治療や点滴療法、電磁波対策、腸内フローラ移植なども自費で行っております。
これからも良いものはどんどん取り入れて多角的な視点から患者様の訴え悩みにこたえたいと思っております。治療内容はまだまだこれから進化していきますのでご期待ください。皆様の健康を願って。
副院長 春名令子